平成23217日に開催した「コミュニティ・フォーラム2011」でのパネル討議の記録を紹介しています。
  

コミュニティ・フォーラム2011

取り戻そう、人と人とのつながりを

平成23年2月17日(木)10:3015:30
菊川文化会館“アエル”大ホール

平成22年度のコミュニティ・フォーラムは、近隣社会での人のつながり、きずなが喪失し、無縁社会と言われるなかで、地域で、コミュニティで何ができるのか、どう再生することができるかをテーマに開催しました。

 午前の部では、平成22年度「コミュニティ活動賞」表彰式、タレントのダニエル・カール氏の基調講演「人のつながり、ふるさとってすばらしい」を行い、午後からは「無縁社会の中で人と人とのきずな結ぶコミュニティ」と題したパネル・ディスカッションを行いました。

パネル・ディスカッションでは、ひとり寂しく亡くなる高齢者、ひとりで子育てに悩む若い母親、結婚の縁がなく独身でいる男女などに対応した活動を実践するパネラーの活動紹介から、無縁社会を無くすために何をすべきか、などの議論が行いましたが、その記録をご紹介しましょう。。

 出席者は、静岡福祉文化実践研究所長の平田 厚さん、牧之原市商工会青年部企画委員長の丸山嘉一さん、長野県からお越しいただいた佐久市岩村田本町商店街振興組合長阿部眞一さん、菊川市平川地区コミュニティ協議会前事務長の 二俣七七男さん、そしてそして地域デザイン研究所長の 望月誠一郎さんがコーディネーターを務めました。

 

パネル・ディスカッションの記録

無縁社会の中で人と人とのきずなを取り戻すには

はじめに

望月 私は都市計画、まちづくりの仕事をしています。特に菊川市では総合計画のお手伝いや、潮海寺地区でどうしたら良い地区になるかという地区計画を地域の皆さんと一緒になって作ってきました。また、専門分野の一つとして商業の活性化があり、B級グルメとして有名になりました富士宮焼きそばの活動も進めてきました。この富士宮焼きそばは10年前から始め、昨年はその経過をまとめてみましたが、経済波及効果として439億円という数字が出て、新聞やTVで何度も取り上げられ、大きな効果をあげました。

また、私は静岡市清水区の興津川沿いの町で育ちましたので、その興津川を守ろうという活動を16年ほどやってきました。そんな経験も活かしながら、地域の方々と一緒になってまちづくりを考えています。

さて、本日のコミュニティ・フォーラムのテーマですが、静岡県コミュニティづくり推進協議会(以下、コミ推協)では毎年その時々の緊急性のあるテーマを取り上げて開催してきました。昨年はコミ推協が発足30周年の記念のフォーラムを行いました。その時、タイトルを「コミュニティ戦略ワン・ツー・スリー」として、県内の活動事例を紹介するコーナーがありました。そして、三つの分野、テーマを掲げました。一つ目のワンは「近隣友有(ともあり)」で、高齢の独居老人や若者などが孤立にならず、近くに住む人の顔が分かるような親しみのある地域づくりをしようじゃないか。ツーは「有事共助」ということで、地震や犯罪など何かあった時には近隣で助け合えるような地域づくりを、スリーは「住楽心満」として住む楽しみ、喜び、誇りの持てる地域づくりを、というようなテーマを掲げました。

そうして前回は、これまでやってきたこと、そしてこれからやるべき事としてまとめましたけれど、今年はその第一歩として最初の「近隣友有」ということで話を進めたいと思います。

4つのテーマで

望月 最初のテーマは「無縁社会と高齢者の問題」です。無縁社会といいますと、やはり高齢の方が独りで生活する人たちのことがイメージされると思います。皆さんの周りにもかなり増えてきているのではないでしょうか。そういう人たちが犯罪にあわないように、あるいは孤独死というようなことにならないようにするにはどうしたらいいのか、現状と今後の対策を考えてみようと思います。

二つ目のテーマは「30代、40代の男女の無縁」を取り上げます。若い世代の男女は、結婚ということになると意外と縁がなく、30代、40代になっても一人でいるという人たちが、皆さんの周りにも多いのではないでしょうか。縁づくりの行動を本人たちに任せきりにするのではなく、地域で起こすことも必要ではないかということです。

三つ目は、商店街の問題です。いまあちらこちらの商店街に人が集まらない、それこそ無縁な商店街になってきている。周辺地域に大型店が進出して、空き店舗が増え、非常に厳しい状況があります。そうした中で商店街が元気を取り戻している、そんな事例を紹介してもらいます。この事例は長野県佐久市からおいでいただきました。

そして四つ目は、皆さんに最も関連する地域の活動ですね。先程の菊川市長からもお話がありましたが、合併における非常に難しい状況を越えながら一体化していく活動ですね。菊川市では外国人の方が増えてきています。そういった人達も含めて、どうしたら地域の人々の縁をつくっていけるのだろうか、そのような取組みを紹介してもらいます。

そして、今日話し合ったことを、ここにお越しの皆さんが明日への活動に繋げていただきたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。

それでは早速、パネラーの皆様と話し合いを進めたいと考えております。最初のテーマは「無縁社会と高齢者」をとりあげます。これは最近NHKですとか朝日新聞などで特集を組んで取り上げられているテーマですね。関心をお持ちの方も多いかと思いますが、地域社会の中で話し相手も居ない孤独な人たちが非常に増えています。特に高齢者につきましては、何日間も亡くなってから誰も訪ねて来られずに放って置かれる、というような非常に悲しい事件が出てきております。極端な話としては、刑務所の中も高齢者社会となっているようです。それも一度入ると、刑期を終えて出てきてもお金は無い、縁も無いということで、また犯罪をして刑務所に戻る。そう、刑務所では3度の食事がとれ、親切にしてくれることから戻りたいという、冗談のような本当の話があります。

そうした中で国立社会保障人口問題研究所では、2005年時点での単身世帯は全世帯の3割、今後2030年には4割が単身世帯になるという予測をされています。それは決して他人のことでなくはなく、自分の将来も単身世帯になる可能性があるとことです。そうした状況の中で、これから高齢者を地域でどう見守り、安心して住める地域づくりをしていったらいいかということについてお話を聞きたいと思います。静岡福祉文化実践研究所長の平田厚さんから、一人暮らしの高齢者の孤独・無縁についての現状とご近所の役割ということにについてお話をお願いします。

 
無縁社会と高齢者

平田 まず、若干自己紹介をさせていただきます。当菊川市には、合併前の旧小笠町と菊川町の時代から学校における福祉教育ということで、各小学校、中学校、高校の方に足を運ばせていただきました。最近でも集落の中に夜間入らせていただき、住民の懇談会に関わらせていただきました。そこで大変貴重なご意見などをいただいた、そんな縁もあります。

ところで、私はもともと教育を専攻していました。今日会場におられる皆さんの中にも教育関係出身の方も多いんじゃないかと思いますが、私が教育関係からなぜ福祉関係になったかといえば、先輩から、「真の教育とは人が自立すること」という尊い教えをいただき、重症心身の施設で約20年間、そしてその後、在宅地域福祉の推進にあたり、大学で介護福祉士を目指す学生の支援をして現在に至っています。

 考えてみると、時代の流れの中で、問題を抱えた人はみんな地域から施設に入所する方向に移行して、地域は全く問題を抱えてない人達の生活の場だというようになりかねない風潮もありました。しかし、施設を長く利用されている高齢者や障害者にとっては、やはり住み慣れた地域の中で一生を過ごしたいという思い、願いは強いのです。

今日は「無縁社会」と銘打っていますが、マスコミなどが言うように本当に無縁社会なのか。私は有縁社会の中になぜこうした問題が起こるのかということを解いていくことも必要ではないかと思います。

それでは最近の私自身の取り組みについて若干申し上げたいと思います。昨日は熱海市の西山地区という地区に入りました。熱海市は表向き観光都市で華やかなイメージがありますが、しかしその生活実態というものは、私たちが予測もできないような苦労をされている状況であります。高齢化率というものがありますが、熱海市も伊豆半島全体も県内では高い高齢化率を示していて、高齢化の問題は大変深刻な問題として受け止められています。西山地区の熟年世代の方々40人ほどが集まって「これから私たちは、地域でどう暮らしていくか」というようなテーマで話し合ったとき、何ら難しい結論を皆さん出しませんでした。住み慣れた地域、それも顔の見える範囲内で、お互いに声を掛け合いましょう、挨拶し合いましょう、という答えでした。

この時私が方向付けしたのは、新聞紙上によく出る高齢者の社会問題でした。どういう問題かといいますと、認知症状の奥さんを元気なご主人が看ていた。ところがある日突然、ご主人が病に倒れられて、そして亡くなられた。その状況が分からないままに、奥さんがあとを追うようにして他界された。このご夫婦には3人のお子さんがおられる。しかし、3人とも他市町村、あるいは他の県に住み、ご両親の近くには居ない。そうしたとき、周囲から見れば、あの家族にはお子さんが居るから、その家の問題ではないかというようなことを言います。でも自立をしようと一生懸命生きようとするご夫婦に対して、その周辺の生活圏の中の一人一人の方々が、どのように手を差し伸べられるかということが、いま問題になっているのではないかと思います。もしこうした問題が地域に起こったら、どうなるのかということを考えますと、地域全体の問題として捉えていく必要があるのではないかと思います。

熱海へ行った前日の静岡新聞の総合版に紹介していただきましたが、「一人でも安心して暮らせる地域づくり」を1年間取り組んだ私どもの静岡福祉文化を考える会の活動報告をしてきました。高齢者の孤立死問題が、地域で起こさないようにするために、高齢者世帯あるいは単身世帯の方々をどう支援するのか。そういう学び合いの中で私は一つ感じたことがありました。介護保険が平成11年から始まって、その制度だけで果たしてこの問題は解決出来るのか。ご存知でしょうか、地域包括支援センターが平成18年に各市町村にそれぞれ集落ごとにつくられています。介護に関わる問題など色んな問題を一手に引き受けて、専門的資格を持った方々が相談に応じ、その手続きをとったり、支援をしていくというセクションです。

しかし考えてみると、そうした様々な問題を制度に当てはめて、果たして全てが解決できるのか、私は疑問に思っています。いま特別養護老人ホームは、待機されているお年寄りも多いと聞きます。サービスが欲しくてもサービスが受けられない。でも保険料は払っている。こういう方々もおられるのではないかと思います。

 今や様々な福祉問題の解決は、制度や専門性による社会システム化の傾向が強くなっています。介護保険制度が導入される前には、住民一人ひとりがそれぞれの立場で在宅福祉サービスにも関わりながら、在宅介護の在り方をボランティア活動を通じて学びあい、尊い実体験をし、“明日は我が身”と支え合う心も強く持ち続けてきました。

しかし、今日ではこうした地域社会の中での尊い体験もできない地域環境になっています。もっと専門家集団と市民集団が混じり合う(融合)中で、支え合いを学ぶ地域環境が求められます。

また、社会福祉分野と社会教育の分野も同じように、教育と福祉を別々に考えないで、思いやりのこころを育むために、「融合」した考え方も必要ではないかと思います。


望月 続いて二つ目のテーマは「30代、40代の男女の無縁」を取り上げたいと思います。

全国的に少子化が進み、人口が減少し始めています。そのため、国の政策も生まれてきた子どもたちを支援しようということで、色々な制度があります。しかし、生まれて来ない限りは支援のしようがない。生まれてくるために何が必要かと言えば、やっぱり結婚してもらうということだと思うのです。ところが、近年は結婚の縁が無くて、3040代で独身という人達がすごく増えています。皆さんの周りにもいると思います。国勢調査によりますと、30歳代の前半で未婚の男女が1950年は男性8%、女性5.7%だったそうです。しかし、2005年は男性が47%が未婚だそうで、いわゆる二人に一人が30代前半に結婚していないというのが現実で、女性は32%で三人に一人は独身ということです。そうすると、未婚の男性、女性が将来結婚しないまま高齢者になり、家族に看てもらえる人がいない独居世帯が確実に増えていくという現実があります。ですから、昔のお見合いのような形を増やし、何とか結婚に結び付け、子どもを作ってもらうことが必要なのかと思います。女性の社会進出や経済力の向上などということで結婚しなくてもよいという面もありますが、独身の男女にお話を聞くと、結婚はしたいのだけど、縁が無いため出来ないということのようです。

それでは、今日お招きした二人目のパネラーの方は、商工会青年部の事業として、若い男女の縁を取り持つカップリングパーティーを企画運営されている同企画委員長の丸山嘉一さんにお話を伺いたいと思います。結婚に対する男女の縁がなく、独身のまま過ごしている若い世代に対する婚活の取り組みというのをなされているということで、ぜひ実態を聞いてみたいとお招きしました。丸山さんお願いいたします。


地域で婚活を

丸山 32歳の若輩者です。まさかこんな広い会場とは思ってなかったもので、いま心臓がバクバク状態ですが、一生懸命お話しさせていただきますので、よろしくお願いいたします。

私たちが取り組んでいる「カップリングパーティー」は、牧之原市商工会青年部の地域活性化事業として行っているものです。そのきっかけは、皆さんご存知の通り牧之原市は、ここ菊川市もそうですが、お茶どころです。そんなお茶に関わる仕事をされている方やお茶農家さんらが、「うちに跡継ぎがいねぇだよぉ」とか、「うちの子どももいつまでも行き遅れて、いつになったら婿さんやら、嫁さんを連れてくるかわかんねぇ」など、そういう声をよく聞きまして、だったら商工会で男女の縁を取り持つ事業を行い、これを縁に結婚してもらい、子どもをドンドンつくってもらえばいいのではないかという、本当に単純な理由で始まりました。

平成20年から始め、昨年1214日に第3回目を開きました。この3回で男性が計229人、女性が146人参加されました。その中でカップルが20組成立しました。全体の参加者のうち13%が成立したということなります。その20組のカップルに二人づつ子どもができると40人、牧之原市の人口が上がっていくというわけです。

牧之原市では国勢調査の結果、昭和60年から平成17年までの20年間、20歳以下の若者が3,851人減少しています。それに反比例するかのように、51歳以上の人口が4,710人増加していて、文字通りの少子・高齢化が進んでいます。このままだと牧之原市が危ない、ということで立ち上がったのが我々牧之原市商工会青年部なのです。

募集は主に口コミです。「いついつに、こういうことやるよ」というのを、商工会メンバーがみんなで牧之原市中に言い回って歩きました。それプラスしてチラシやポスターを作成し、インターネットホームページでも紹介して、参加者を募りました。そうしたところ、他県や他市から応募された方が断然多かったですね。男性は全体の約54%が他県で、次いで吉田町、牧之原市、御前崎市という順。女性も58%が他県で、次いで牧之原市、御前崎市、吉田町という順です。これはなぜかと言えば、3回行った経験から申しますと、「そこに行くと知り合いがいる」から、地元の方は敬遠されます。やっぱり「カップリングパーティー」とうたっていましても、参加者からすると一種のお見合いなのですね。ですから、知ってる男性、女性がいると恥ずかしいということで、牧之原市で開催するものに関しては、やはり知人のいない他県、他市町からの参加が多いのかなと思います。第2回の開催の時にとある女性の方が言いました。「私、知ってる人がいるから帰ります」と。その人は恥ずかしそうに帰られたので、「これからこうしたことも考慮しなきゃいけないな」と、我々もノウハウがつきました。

言い方が少し失礼になるかもしれませんが、参加される男性は消極的ですね。女性は逆にアグレッシブです。男性陣は、「ゲームします、男女ペアになって下さい」と言っても、椅子に座ったままです。「何をしてるんだ、早くペアになれよ」と言ったら、「しょうがねぇな」ってな調子で、ブツブツ言いながら女性と手をつなぎ、ニヤニヤしています。そんなものです。何か男性の元気のなさが目立ちます。

ところで、牧之原市商工会の企画委員会の任期は1年ですので、この事業を来年もやるかどうか分かりませんが、もしやることになりましたら、まだ独身の息子さん、お嬢さんをお持ちの方はぜひとも参加して頂きたいと思います。参加費は男性が6千円から7千円、女性は3千円と格安となっております。

それから、今後の取り組み、課題ですが、これまで3回とも屋内でやってきました。しかも寒い時期にやってきましたので、今度は夏に、しかも屋外でやってみたいですね。やっぱり夏の方が開放的な感じがしますね。しかも牧之原市には、皆さんご存知の静波海岸があります。夏、海辺でビーチバレー、バーベキューとぃつた開放的で、色々話しかけやすいような場所でと考えています。ともかく私らは、きっかけを与えていけたらいいなと思っています。カップル成立後は、それぞれの問題と思っています。ともあれ、今後もカップルの成立数を増やして行くために、出来る限り色々のノウハウを得て頑張っていきたいと思います

 


望月
 ありがとうございました。このように牧之原市では青年層の方々がまちの人口減に対して危機感を持ち、少しでもカップル誕生を願い婚活パーティーを開催しています。3年つづけていますから、もう定着していますね。せび、今後も続けていだたきたいですね。今日会場に来られた方でコミュニティのテーマとして“婚活パーティー”なんて、疑問に思われている方いらっしゃるかもしれませんが、そうも言っていられないほど事態は深刻だと思います。ぜひ地域の中で自分たちの子ども、あるいは親類、そういう人たちが結婚できるように婚活を仕掛けてもらいたいと思います。

続いて三つ目のテーマですが、「商店街に人が集まるコミュニティづくり」ということで、お話を伺います。長野県からお越しいただいた阿部眞一さんの商店街もそうですが、周辺に大型店が出てきて、既存の商店街がどんどんどんどん無くなっていく。そんな状況の中で様々な事業活動に挑戦されて、一時はだいぶ増えた空き店舗も減ってきたと言うように聞いています。そして、今日はそうした商店街の活性化だけの話ではなく、若いお母さんや子どもたちがまちの中に集まるような仕組みづくりのお話を伺いたいと、お招きいたしました。それでは阿部さんよろしくお願いいたします。


イベントだけでは活性化につながらない

阿部 ただいまご紹介いただきました長野県は佐久市にあります岩村田本町商店街振興組合の代表を務めさせて頂いております阿部と申します。私どもの場所は軽井沢のちょっと南にありまして、北には浅間山、南には蓼科、八ヶ岳という自然に囲まれた非常に良い所でございます。ここに佐久長聖高校というのがありまして、箱根駅伝では長聖高校出身者が一番多く走っているということでも知られています。また、中仙道の22番目の宿場町ということで、昔から商店街として栄えておりました。高度成長期と言われた昭和40年頃には商店街も黄金期で、比較的小金持ちが多い商店街です。

そんな所に平成9年でしょうか、新幹線の佐久平駅が開通しました。それから商店街からもう1キロの所に高速道路の佐久インターができました。佐久市の商店街は4つの商店街があり、約200店舗ぐらいあります。4万㎡くらい、2㎞×2㎞程のエリアですが、そこにジャスコ、カインズホーム、インターウェーブという大型店が軒並み出店をして、半径3㎞の中に大型店の売場面積は96%、私達の旧商店街は4%しかなくなってしまったのです。そうなる前に商店街の会長始め長老の方達に何とか行政に頼んで阻止してもらいたいと、私ども青年会はお願いしていたのですが、あまり動いてくれない。「これじゃダメだ」ってことで、私達青年会が長老たち役員は全て退いていただくという、良い意味の下克上を起こしまして、平均年齢30歳少々の商店街の組合に世代交代をして、スタートをしたのです。これが平成8年でした。

若返って何をやったかというとで、イベントに明け暮れていました。もう、イベント、イベントです。長さ200㍍の商店街ですので、「日本一長いものを作ろう大作戦」と称して松茸ご飯海苔巻きとか、ロールケーキとか、おいなりさんを約2万個位並べたり、そんなことで3~5千人のお客様を集客してきました。若いですから企画力、行動力、実行力っていうのは本当にありますから、お客様もどんどんやって来ました。「面白いことやってるね~」、「若手頑張ってるね~」ってことで、私たちも有頂天になっていましたが、ふと商店街を見ますと全く活性化になっていなかったってことに気がついたんです。ワァーと3千人、5千人集まりますけれども、イベントが終わるとスウ―て、いなくなってしまうのですね。お店の組合員、いわゆる店主から、「3千人、5千人集まっても、売上向上にちっともならないじゃないか」って怒られる始末でした。

そんなこんなで、「こりゃ違うぞ、イベントだけでは商店街は活性化しないぞ」と。また、ふと商店街を見渡すと42店舗あった商店街のうち、15店舗も空き店舗になっていたのです。これではいけないと、やっぱり商店街の原点は何かってことを考え、1店舗1店舗がキラリと光る魅力ある商店の集合体が、魅力ある商店街だろうという、それが原理原則だろうっていうことになりました。それではどうしようかとなった時に、私たち若手は親父の後ろで商いをしていたのですが、親父が居なくなると自分では運転できない仮免許だってことに気がついたのですね。やはり商店主としての原点に立ち戻り、商売について若手で勉強してきました。もちろん個々の商店としての勉強もしましたが、商店街の存続ということもテーマにして、ディスカッションし、商店街は誰のものかということもたくさん討論しました。商店街は誰のものかといいますと、商店街は決して商店経営者だけのものでもなく、大家さんのものでもない。商店街は利用してくださるお客様のものではないかということに、だんだん深く考えてくと行き着いていったのです。

 商店街で商いをする自分たちは、商いを通じてお客様の暮らしに役立つものを仕入れて、作って、販売していく、これが私たち商店街という組織の役割ではないかってことに気がつきました。そうなってきますと、住み良い安心で安全で住みよいまちづくりの中の商店街の機能、昔もそうだったのですね。中仙道の山の中でも、そこに市場があったからポツポツと商店街が出てきたのですね。お役立ちの組織だったわけです。それを考えると、黄金期に売り上げ、売り上げっていう感じで、上から目線でお客さんを見ていた、そのことをしっかりと反省をして、地域コミュニティに対して賑わいの創出をするというのが商店街の役割で、コミュニティの担い手ということも商店街の役割ではないかと思い至ったのです。古き良き時代の日本の文化が、商店街の中に全部詰まっているのではないか、それが私たち商店街のスローガンであり、理念です。地域の皆様と「共に暮らす・働く・生きる」ということです。

サンダル履きで商店街に来てもらいたい、おじいさんが来たら「お孫さんどうしたの?」とか、名前を呼ぶとか、そんな「地域密着顧客創造型商店街」、いわゆる買い物に来てくれる、自転車で買い物に来てくれるお客様を対象に商いをしていこうということになっていったのです。

それで、住民アンケートをやりましたら「近くの商店街で買い物をしたい」っていう人が80%もいたものですから、“イベント、イベント”から、 “地域の皆様と共に暮らす、働く、生きる商店街”にシフトしていったのが今から10年前です。

何をしていったかといえば、15店舗ある空き店舗を一つずつ埋めていきました。先程も言いましたが、商店街はキラリと光る商店の集合体ですから、個店は個店の経営者、店主の努力です。しかし、空き店舗を光らせること、一つずつシャッターを開けて光らせることは、組織の力が必要ではないかと、商店街の真ん中の空き店舗を、まずコミュニティスペース、誰でも使える公開の場のような形で「おいでなんしょ」という名前で活用することにしました。「おいでなんしょ」というのは、「ようこそお越しください」という方言です。カルチャースクール、PTA、支部子供会、展示会や様々な会議、お祭りの本部席など、現在、年間約6千人の方が使っています。


商店街で子育て支援

阿部 次に“本町おかず市場”というお惣菜屋さんを商店街で経営しています。コミュニティビジネスのビジネスモデル(岩村田モデル)として全国に紹介されていますが、年間2,200万円の売り上げがあり、300万円の経常利益を上げることが出来ています。これが8年目で、さらにお客様のためにメニューを考えています。三つ目として“本町手仕事村”というチャレンジショップを作りました。これは起業したい、お店を持ちたいという人の登竜門ですね。2.5坪ずつ6区画あります。ここで学んで空き店舗でお店を開業していくという仕組みをつくりました。その時には大家さんと打ち合わせが必要となりますので、「大家さんサミット」を商店街の役員と作りまして、大家さんとの家賃交渉も商店街の役員がやるという様な形で、うまく機能していて、これまで5人の方が本町手仕事村から卒業して商店街空き店舗で開業しています。その仕組がずっと続いています。そこで今度は、地域の皆様と共に生きる、働くということを違う角度からやってみようと、子育て支援というものが地域の皆様のお役立ちになるのではないかということで、“子育て村”という事業を始めました。

これは無料で会員になれます。0歳から18歳、高校3年生までのお子さんをお持ちのご家族が無料で入れます。現在1,000世帯が会員になっています。加盟店は50店舗程あり、会員に対して様々なサービスをします。商店街組織として何をしているのかと言いますと、小さなイベントから大きなイベントまで、子育てセミナーから餅つき、川で魚釣りやって食べさせたり、おじいちゃんとお父ちゃんと一緒に竹トンボを作ったりとか、家族でクリスマスケーキを作ったりとか、野辺山に高原野菜の収穫に行ったりとか、年間10から15位のイベントを4年間続けております。

それから、家庭に問題や課題はありませんか、商店街に対して要望はありませんか、という簡単なアンケートをとっています。いま8,000枚程になっていますが、その中から問題、課題、要望を抽出して事業にしていくわけですが、一番問題視しし不安に思っていることが教育問題だったのです。教育というものに対して非常に不安を抱いているお父さん、お母さんが多かったものですから、商店街の中に「岩村田寺子屋塾」という学習塾を作りました。

これは黒板に向かってみんな一斉に勉強するって形ではなく、子ども一人一人の能力を出しながら、自発的に学ぶ力をつけさせようというものです。ある小学6年生ですが、3年生の問題が出来ないという子どもがいます。そうした子どもに対して寺子屋塾では、3年生に戻って指導する。その3年生から少しずつ達成感を体験していくと、すぐに6年生にまで学力が戻ってくるという事例でたくさん出てきました。寺子屋塾というアナログな名前ですが、パソコンで右脳とか能力を検査して、子ども一人ひとりに合わせたカリキュラムになりますから、一般の塾とは違った効果があります。その塾には私たちも入り込んで、履物を揃える、挨拶をするなどの世話をやきますし、非常にアットホームな雰囲気があります。1年生から中学生まで同じ部屋で学んでいますから、お兄ちゃんは小さい子どもの面倒をみるという、そこでもうコミュニケーションが生まれています。

そして、そのとなりに「おたすけ村」という子育てサロンを作りました。これは新幹線の駅の周りにマンションがたくさん出来まして、親と子、いわゆる核家族で住む方が非常に増えました。子育てに関して昔はお姑さんが世話を焼かれていましたが、核家族ですから世話を焼く人いません。誰にも教えられないまま、育児ノイローゼになっている方がかなり多いとアンケート結果に出てきたのです。それで、「おたすけ村」という井戸端会議的なものを作り、お母さんたちのコミュニケーションがとれる場を作りました。そこでは一時預かりという形もとっています。

ですから、私たちの商店街は地域の皆様と共に働く・暮らす・生きるというところの中で、そういった活動に発展しているというわけです。


望月
 商店街の成り立ちから、現在取り組んでいる子育て支援の活動まで紹介していただきました。若いママさんたちのコミュニケーションの場「おたすけ村」が今回のポイントかと思いますが、その辺りはまた後ほど詳しくお聞きしたいと思います。

次に、四つ目のテーマですが、地元の菊川市の事例を紹介していただきます。菊川市では自治会・町内会という地域の人の結び付きとコミュニティ活動というものの融合をめざして活動に取り組んでいます。旧菊川町と旧小笠町が合併して菊川市が誕生したわけですが、この時各地区にコミュニティ協議会を組織化していこうという菊川市の方針が出されました。地域では屋上屋になるなど様々な意見、反論もありましたが、現在は13の地区にそれぞれ地区センターがあり、そこを拠点にコミュニティ組織も作られて、活動されています。地域づくり、コミュニティづくりについては、環境が整っていると言えます。

今回は、旧小笠町に属する地域の平川地区の活動を紹介していただきますが、孤独な人を出さない運動、まさに無縁な人を出さないコミュニティづくりを推進しています。さらに、この地域は外国人の方が大変多く住まわれていますので、外国人との無縁をどう結縁に変えていくかというような事も含めて、お話をお伺いしたいと思います。


面白がってまちづくり

二俣 只今、ご紹介をいただきました菊川市平川地区の二俣と申します。それでは、地区の紹介からお話させていただきます。平川会館は菊川町・小笠町が合併し、初めて小笠地区に建てられた地区センターです。現在は小笠地区に平川会館を含め4つ整備されまして、それぞれ活発な活動をしています。さらに菊川地区には9つの地区センターがあり、すでに25年を超す歴史を刻んでおります。このように菊川市では市を13の地区に分けて、それぞれ地区センターを整備し、それを各コミュニティ協議会の中心的な拠点としております。

さて、平川会館はこの会場から南へ数キロの所にございます。平川地区は農業・工業・商業が混在した、どこにでもある田舎町です。しかし特徴があります。それは地区住民約4,500人に対して、その10%近くというたくさんの外国人が住んでいることです。以前、団塊世代の人たちが家庭を持ちこの地区で家を建てたいわゆる新住民と、元々住んでいた人達との意見の相違からかなりの摩擦が出たような時代もありました。新旧住民のあつれきといった形で、一時は社会問題にまでになったと思います。しかしそれは所詮、日本人の中の問題でした。ところが今度は外国人です。文化、人種、ことさら言葉の違いは実に大きな問題です。何とかしなくてはいけない、彼らとコミュニケーションをとらなきゃいけない、地区活動に熱心な人ほどそのような声が上がっておりました。そんな中、地区活動の中心拠点になります平川会館が、平成18年春、開館しました。地区活動に携わっていたグループ、また役員の方、個人的な活動をしていた人達、この人達から統一した組織が必要じゃないかという声が上がり、多くの人の賛同を得て、菊川市で初めてのコミュニティ協議会、すなわち平川地区コミュニティ協議会が設立されました。

しかし、初めは問題がありました。コミュニティ協議会というものは何なのだ、どんなものなのだといったことがありました。まず自治会との共存の問題がありました。時には勢力争いに近いことまで起こりました。しかしながら、それは時間の流れと共に整合性もつき、今では自治会は自治会、コミュニティ協議会はコミュニティ協議会と、それぞれ棲み分けて独自の活動をしています。

平川地区コミュニティ協議会の活動方針の一番大きな特徴は、会員に過大な負担をかけない、義務感を与えない、強制感を与えない。つまり「面白がってまちづくり」これが活動方針です。


孤独な人を出さない運動

二俣 続いて「孤独な人を出さない運動」についてお話します。孤独な考えを持つ人、孤独だと思われる人は高齢者ばかりではない。子どもたちにも、お母さんたちにも、お父さんたちにも、外国人にも、それぞれみんなの世代にある。これが繋がって無縁社会になっているのだという考えが、協議会の根本にあります。したがって、それらの人達をすべてまとめて、巻き込んで、その世代、世代が活躍できる場所、自分たちの存在を現せる場所を作っていこう。そのような考えが、平川コミュニティ協議会の基本の考えです。

具体的な例を2つほど話したいと思いまが、一つは皆さんご存知の「通学合宿」です。通学合宿は静岡県でも補助金まで出して薦めています。当時、平川地区自治会の地区長だったMさんご夫妻、特に奥さんの強い発案をみんなが理解し、賛同して実施することにしました。2泊3日の日程で平川会館に泊まりながら学校に通う「通学合宿」です。この頃は、小学生でも異学年の交流は少なくなっていると聞いています。小学1年生から6年生まで、一緒に行動をするという経験は、社会経験上非常に大切だと思います。まして自治会単位の実施ですので、自分たちが住んでいる地域の歴史、文化、課題などの勉強も出来ます。上級生をリーダーに、例えば掃除、片付け、ラジオ体操などの共同作業も出来ます。また、親子の共同作業も出来ます。食材の買い入れ、食事の支度、片付け、布団の上げ下ろしなど。しかし一番大きな交流は、それを実施している保護者たちです。

同じ自治会に住んでいても、なかなか一つにまとまって行動し、交流することは少なく、通学合宿で随分色んな交流ができました。スタッフは保護者だけではとても足りません。自治会長、役員、班長、また防災委員、女性の会、老人クラブの方までが世話役になって子どもたちと過ごします。

さらに外国人の子どもにも参加を呼びかけます。外国人の親御さんに通学宿の意義を説明することは、なかなか手間暇掛かります。昨年は外国人の小学生  人が参加しました。

「通学合宿」を通じて、小学生のみならず保護者同士や役員、スタッフの交流が深まり、これは孤独な人を出さない運動の一つになるのではないか、そのように考えています。これは、コミュニティ協議会と自治会で、地区あげての行事になっております。このような通学合宿は、年々増えまして、昨年は4つの自治会が実施してくれました。

もう一つは「外国人の子どもに対する補習授業支援」です。我々のところに住んでいる外国人の中で、これからもずっと日本に住みたい、住み続けたいと考えている親は、自分の子どもを日本の学校に入学させています。その母親たちの強い要望で、夏休みに3日間、冬休みは4日間、補習授業支援を開いています。

生徒募集はその母親たちの口コミで、指導する側は協議会で、という形の棲み分けをしています。これも初めは大変でした。できることなら子ども一人ひとりにマンツーマン方式でやってあげたいと思い、ありとあらゆる人たちに先生役の指導をお願いしました。中学生、高校生、大学生、先生OB、現役の先生、自治会長、民生委員、コミュニティ協議会のメンバー、習字教室の先生、習字の愛好者、しまいには市会議員にまでお願いしました。さらに、近所のおじいさん、おばあさんまでお願いしました。全員が無償のボランティアです。

これだけの人数になりますと、地区挙げての事業になります。外国人の子どもは授業を受ける時、殆どの場合がお母さんと一緒です。したがって夏休みの3日間、冬休みの4日間は、教える側の日本人と教わる側の外国人の子ども母親、この人たちのコミュニケーションはかなり親密になります。

そして最後の日に打ち上げ。これは外国人とお付き合いする上で非常に大切な行事です。打ち上げのミニパーティーの時の盛り上がりというものは、非常に高いものです。

しかし、この事業支援も3年ほど前から少しずつ変わってきました。この補習授業を始めた当時は生徒側だった児童がいつの間にか中学生になり、先生側になって今度は小さい人達を教えるような形になってきたのです。この事業が完全に回転を始めた、そのように理解をしています。昨年の冬休みは、先生となり協力してくれた中学生は、10名を超えておりました。その協力してくれた外国人中学生と話しをすると、全員が「いつまでも日本人だけに頼っていては駄目だ」と、「私たちにできることは、私たちでやりたい」そのように話していたことが、非常に印象的でした。


望月 たいへん地道な活動が回転し始めたというのは、すばらしいことだと思います。外国人の人たちといろいろ一緒にやっていくという時代はもう来ているわけですので、たいへん良い事例だと思いました。

さて、話は変わりますが、このコミュニティ・フォーラムは毎年開催していますが、出来るだけ実践できることを皆さんに紹介できるように進めてきました。昨年は「黄色いハンカチ運動」というものを紹介しました。これは、何かあったときに黄色いハンカチを家の前に掲げて、「私は安全ですよ」ということを知らせるものです。これを全地区でやれば、それをきっかけに閉じ込もっているような人たちとの会話や交流の機会になると申し上げました。そうしましたら、早速、島田市初倉地区の初倉コミュニティ委員会で取り組みを始めているということをお聞きしました。それでは、寸劇でご紹介して頂きたいと思います。


初倉地区の「黄色いハンカチ運動」の実演


望月
 ありがとうございました。テーブルが倒れるところなど迫真の演技で、ドキッとしました。このように一工夫、二工夫して地域の人に分かるように努力して、広めていただいています。

私は集会に集まった人達に見てもらうということも大事ですが、「そんなものはいらないよ、そんな所へは行かないよ」という人達にも、「こんなハンカチがあるのだからぜひ持って下さい」と、話しかけのきっかけにするということも大事ではないかと思います。ぜひ善意の心で、ややしつこく話しかけを続ければきっと解ってくれるのではないかと思います。初倉地区のみなさん、ありがとうございました。


望月
 一通りパネラーの皆様からお話をしていただきました。続いて幾つか質問をしながら議論を進めていきたいと思います。まず平田さんにお聞きしたいのですが、県内各地を色々とお周りになっておられますが、川根本町が静岡県内で高齢化率1位、そして2位が西伊豆町でしたが、西伊豆町は高齢化を感じさせないというお話は頂きました。それはどういうことなのでしょうか。


世代を超えて共生社会を考えていく

平田 「環境」について申し上げます。環境には「人的」「物的」「自然的」「空間的」と4つの環境があり、人間を取り巻く社会の中では、この4つの領域が必要とされています。西伊豆町に出向き、中学生、高校生との体験プログラムの中で、なんと自然環境に彼らからは、あえて福祉を暗く、重く、辛く感じることが全くなく、自然が福祉を包み込んでいる地域であると実感しました。ふれあったときに、町全体に高齢者が多いというまちというイメージを感じさせないのは「自然環境」でした。

そういう中で「世代を超えた一人一人の居場所」というものは高齢者だけの問題ではなく、それぞれの年代のところから高齢者のあり方を考えていくことだと思います。

ある95歳の方に教えられたことは、「老いの準備学」です。若ければ若いなりに「老い」というものをどう理解するか、最近では認知症の関係があります。それから中年の方々には「老いと向き合う」というように。その年代の方々は、「老い」というものを「自立」ということに置き換えていく。そういうようなことが、場面、場面の中で伺えたように思います。

世代を超えて共生社会を考えていく、高齢者だけの問題だけではなくて、世代間の理解がなければ避けられない、そういう姿勢ですね。マイナス思考じゃなく、プラス思考で「輝いて長寿の町西伊豆」というキャッチコピーが、地域住民の学習の中で出たのは、マイナス思考で負担のかかる云々じゃなく、ここへ来れば老いの暗い面を考えないで生活できるよという風な環境を作っていこうとしている。そこに教えられたことがありました。


望月 “65歳以上はもう高齢者”とレッテルを貼られるわけです。しかし介護保険を利用している74歳以下の方は何%だと思いますか。4%~5%なのです。74歳以下の人の90数%は、少なくとも病院へ通って薬をもらっているなどはあるかもしれませんが、介護保険的に見るとまだ世話になっていない世代なのです。そうすると団塊の世代から74歳くらいまでは、まだまだ地域で元気で働ける、活動できるという世代といえます。先ほど専門家に任せるからもういい、それでなぜか地域離れてしまうということがありましたが、私はむしろ元気な人たちが、自分たちの親だけではなく、周りの人たちの面倒をみるということが大事だと思います。それによって年をとるというのはどういうことなのか、死を迎えるということはどういうことなのかということを、自分自身のこととして考えられると思いました。

続いて、会場におられる方も、丸山さんにお聞きしたいのではないかと思います。カップリングパーティーにどうしてそれだけ人が集まるのかということと、カップリングパーティーに来る男性は積極的じゃないということについて、その理由をお話ししてださい。


出会いを求めて

丸山  カップリングパーティーに来る人は何を求めているかと率直に言えば、「出会い」ではないかと思います。いま、仕事で忙しくて人は異性と出会う機会があまり無い、時間も無いという社会の中で、僕がまだ10代の頃は合コンだとか色々あり、毎週金曜、土曜はまず家に居なかったということが、最近あまりないのかというように思います。カップリングパーティーの年齢制限は20歳から40歳ということで、異性に対してアグレッシブ(積極的)な、暇さえあれば話をしたいという年齢だと思います。仕事はしていますからお金があるけど時間が無い、タイミングが合わないといったことで、異性との「出会い」プラスアルファ「会話」というものを求めて来ているのではないかと感じます。

なぜ付き合いが少なくなってきているかということですが、ここの会場にいらっしゃる方々は、ご自分が2030歳の時、お見合いとかっていうのって結構あったと思います。親から、会社の上司だとか、「おい、お前、こういうのはどうだ?」と写真持ってこられたりとかっていうのがあったと思います。でもいまの時代というものは、ほとんどお見合というものは、僕の知る限りでは見ません。会社、地域、家庭とも、出会いを仲介する機能が低下していると思います。

しかしインターネットが普及しています。家に居ながらパソコンのボタンを押せばインターネットに繋がり、携帯電話のメールもそうですね。そういうものを通して、実際に人に会わなくても会話ができる。ですから、リアルに人と会って話をすることが少なくなり、それが人を消極的にさせて、自分からはなかなか出会いを見つけることができなかったり、出会っても何を話せばいいのかシドロモドロになったりする人が多いのではないかと思います。


望月 インターネットとかゲームとか、自分の殻に閉じこもってしまう若い人が多いですね。それで何となく時間を過ごせちゃう。昔だったら一人でいたらもう寂しくてしょうがない、どこかに素敵な女の子でもいないかなぁと、探し回ったと思うのですけどね。今はそれをしなくても済んでしまうこともあるのでしょうか。


丸山
 そうですね、うちのお袋は、僕が家に連れてきた女の子に向かって「今日は何ちゃん?」なんて言って、即破局を迎えたことがありました。そういうことを3040代なってから「あの時はバカしたな」って思いますが、最近の20代の皆さんはどうなのだろうかと思います。多分ここにいらしてる男性の方々は、いまの2030代の人を見て、「君たちは、つまらない人生を送っているな」って思われる方が多いかと思います。先程の「面白がってまちづくり」っていう感じで、僕らが楽しんで、それに参加してくれる人も楽しんでもらえるって形で、今後も提供していきたいと思っています。


望月
 地域でお節介おじさん、お節介おばさんが少なくなりましたね。先程のお話を聞いていくと、やっぱり後ろから押してあげて、最初はしょうがないから手取り足取り「女の子とはこういうふうに手を結ぶんだよ」と教えてあげ「振られてもいいから付き合ってみなよ」といような機会を地域でつくっていくということも必要だと思います


井戸端会議の場を地域に増やす

望月 阿部さんにお聞きしますが、商店街で子育て支援や寺小屋塾をおやりになっていますが、教える方は資格のようなものはお持ちなのですか。


丸山 「おたすけ村」という子育てサロンは無認可保育所という形でして、きちっと県に届けております。また施設とか設備も県の方から指導を受けていて、そこはクリアしています。保育士さんは幼稚園、保育園の元園長先生など、引退された方をローテーション組んで、半分ボランティの形で助けていただいています。


望月
 やはり、大切なお子さんを預かるということですので、正式な手続きを踏んで進めることは大事だと思います。牧之原市のお隣の吉田町ですが、子育てが終わった40代、50代の人たちが集まって、まだ保育園などに入る前の子育て中の母親が集まる場を公民館等で設けているという現地を訪問したことがあります。1時間ほど母親と子どもたちが遊んでいるのですが、それが終わった後、母親同士で一生懸命話をしています。いわゆる情報交換をしています。吉田町ですと工場や団地も多いので、結婚されて夫婦二人だけで吉田町に移り住み子どもが出来たけど、周りに相談する人がいないというような人がかなりいるのでしょう。そうした人たちは、子どもが集まる場ではありますが、自分たちも誰かと話したい、相談したいというような悩みを持っていて、どこに何があるのか、といった色々な情報交換の場となっていました。

いわゆる昔からよく言う「井戸端会議」の場を、もっともっと増やした方が良いのではないか。誰でも参加できる井戸端会議の場を地域に増やしてほしいと思いました。

それでは、菊川市の平川地区のお話ですが、先ほど外国人の方が非常に増えているという中で、日本人が投げかけるだけではなくて、外国人の方がむしろ積極的に動き出したと新聞記事で読みましたが、その辺の情報はありますか。


自治会とコミュニティ協議会の棲み分け

二俣 一つの例ですが、私が平川会館の事務長をしていたときに、日本人だけのグループで英会話を教育委員会の行事で受けていた人たちがいました。この講座が終わって、「あとバラバラになってしまうのが残念だから、二俣さん、だれか英語の先生を探してほしい」という相談がありました。その時に私がふと思いついたのが、ブラジル人のTさんという女性で、その当時地元の岳洋中学の英語の先生をしていましたのが、その方をお願いしまして、もうそれから3年くらいになると思いますが、英会話の先生として、日本人がブラジルの方のお世話になっているという例があります。

 


望月 平川地区ではコミュニティ協議会と自治会とが棲み分けがされていて、役割分担を図っているというお話がありました。それも、それぞれが生き生きしてやっている、先程の通学合宿や補助講習などは地域を上げてみんなで参加してやっているという話もありました。その自治会とコミュニティ協議会の組織とのあり方、棲み分けはどういった形でやっていますか。


二俣
 自治会とコミュニティ協議会の一番大切な事は、私は棲み分けだと思います。自治会が主体となり、コミュニティ協議会がそれに協力する。この代表的な例が、小笠地区で最大の行事とされている、毎年815日に行われる「ふるさと夏まつり おがさ」です。このイベントには4,000人くらいの来場者があります。

このイベントでは両者で実行委員を出し、強力な体制を作って開催に向けて突き進んでいる、そんなことが一つあります。また、コミュニティ協議会が主体となり、自治会が応援、協力をするということは、平川地区に限って言えば、先日行われた重要文化財である「黒田代官屋敷梅まつり」の初日のイベントです。これはコミュニティ協議会が企画・運営の全てを取り仕切り、自治会の方はそれに応援する。そういう形をとっています。もちろん両者それぞれ独自の行事もありますが、この棲み分けができるようになってから自治会とコミュニティ協議会の関係はうまくいくようになったと私は感じております。


望月
 もう一点、自治会の役員の任期と、コミュニティ協議会の役員の任期、そして予算の関係はどのようになっていますか。

[
二俣 自治会役員の任期は原則1年です。私も任期を2年、3年にしてもらいたいと努力しましたが、原則的には1年です。コミュニティ協議会は役員の任期はありますが、メンバーの方は無く、ほとんどの人が発足以来ずっと続けている人が多いようです。約40人位です。

発足当時はコミュニティ協議会の予算も無く、自治会にお願いして平川地区の全世帯、約1,000戸強から、1世帯年間100円を頂き、10万円の予算でやっておりました。現在は、菊川市の“市民税の1%を地域活動に”という制度が出来まして、その「1%まちづくり交付金制度」というものを利用して行なっております。「1%まちづくり交付金制度」は簡単に申しますと、コミュニティ協議会が年間の行事と予算を組んで申請し、審査会を経て1コミュニティあたり100万円を限度に助成してくれる制度です。


望月
 
組織のあり方と役員の任期、資金、そして菊川市の交付金制度があることもよくわかりました。まだまだ自治会などの統合で悩んでいるまちもあると思いますので、非常に役に立つお話ではないかと思いました。

時間もだいぶ進んできました。ここで、会場の皆さんからご質問やご意見などがありましたら、ご発言をお願いいたします。


各地で婚活を

会場A(浜松市) 丸山さんから婚活について貴重なお話をいただきありがとうございました。私の住む町内の私の組でも、具体的に言いますと(独身の若者がいる家庭)9件あり、そのうち5件に後継者が居ないということです。そして、まだ結婚していないということが悩みですが、昔はそろそろ結婚はどうだとか、職場からもそうしたお話があったのですが、最近は個人情報保護というものが非常に障害になっています。いま現在、同窓会名簿も見せてはいけない、色んなサークルも名簿は出さない、ボランティアにしても出さない。非常にこのあたりが個人情報保護も行き過ぎかなと思います。日本もあと500年後には、それこそ外国人に占められてしまうということで、非常に危惧しております。ぜひ丸山さんたちが行っている活動を地域コミュニティっていうか、日本各地で展開していただきたいと思っています。


丸山
 僕たちはホント単純な気持ちで始まりましたが、親身になって聞いていただき、僕らも今後の励みになります。ありがとうございます。僕たちも勉強していきたいと思いますが、「こういう風にやったほうがいいんじゃないか」というようなことがありましたら、教えていただきたいと思っています。


望月
 先程のお話ですと、自分たちの地域でやると顔が見え過ぎちゃって参加しにくいということがありますので、浜松の方でしたら磐田の婚活に参加されたらいいですね。あちこちで婚活をやって、お互いに自分の息子や親戚の子を送り込むようなしたらいいかなと思います。それから、個人情報というお話がありましたが、どの位まで公開していますか。


丸山
 我々は牧之原市商工会ですから、商工会事務局で応募用紙だとか申込書とか受付を全部担ってもらっていますので、当日まで一切情報は出ないという形になっています。1回について200件もいきませんので、普通にしておけば漏れないだろうという感覚でいます。


個店、個店がキラっと光るような活動を

会場B(島田市) 阿部さんに教えていただきたいのですが、商店街活性化ということで、個店、個店がキラっと光るような活動をされているとのお話ですが、具体的な事例を伺えたらと思います。


阿部 商店街が衰退をしたのは、実は大型店が出店したわけではなく、外部環境が変わっているにも関わらず、その店が変化に対応できなかったというところに一番の原因があります。それをしっかり素直に受け入れて、自分のところの業態・業種、誰に何をどのように売っているのかということをピシッと建て直したところが伸びています。呉服屋さんでも今までは訪問着といった着物中心でしたが、振袖に着目をして顧客管理をしてきながら試着してもらい、それを撮影する、写真を送る、といったことをしていくことで5年前の3倍売り上げを上げているところがあります。結局、個店の努力しかないのですね。


会場C
(磐田市) 阿部様にお訊きしたいのですが、確かテレビの特集番組で阿部さんの所属する商店街が出たのではないかと思いますが、そうした商店街の活性化に向けた活動をやっていて、全国的に知られたようなことになりますと、各地域から視察だとか見学だとかとかの団体が来ているじゃないかと思いますが、今までどの位の数が来て、その中で実際にそれをその地域で持ち帰って実践活動に移していったというような後の経過ですね、そういったものが阿部さんの方に届いているのか知りたいのですが。


阿部 テレビでは寺子屋塾とか日本一に挑戦シリーズのイベントとなど、様々な部分で取り上げられています。昨年は商店街の視察等々、問い合わせは250件ありました。私どもの商店街には特に事務局員がいないものですから、全部手弁当で商店街活動しています。中には商店街の視察と称して温泉旅行に来る人たちいます。そういう人たちに私たちが真剣に話しても寝ているのですね。これでは生産性ないなということで、おこがましいのですけどもクリアしていかないと┈┈┈┈。本当にやる気のあるところに対しては、私たちのノウハウをお話させていただいているのが、約60件位ございました。

視察には年配の方も若手の方も一緒に来るわけです。私は年配の方は金は出しても口出すなと、若手がどんどんやって行け、というようなことを話すものですから、若手が貢献して頑張ったという事例が十数件こちらの方に報告が来ています。一番大きいのは、おかず市場という岩村田モデルのお惣菜屋さんですが、そのノウハウを活用されて新潟県の小千谷市でミニスーパーを開業されたという例もあります。そのノウハウである材料代から水道代、光熱費、やり方、レシピまで全部そこの商店街に提供いたしまして、いま順調に進んでいるとのことです。そこでは、毎月“市”をやっていたらしいのです。“市”をやるエネルギーがあるならすぐ出来ますよとお話しました。そこの理事長さんもかなりやり手だったようで、潰れた旅館を改装してミニスーパーをおやりになった。地域密着でコミュニティビジネスで上手く運営しているってことを聞いています。


会場C
(磐田市) 私どものところでも大手のホームセンターが出来たことによって、地元の商店街のほとんどが潰れてしまっているのです。地域活性化が叫ばれている中にあって、そうしたものを誘致することによって地元が衰退してしまっていることが、自分の地域だけでなくて全国的にも出ているのではないかと思いますが、果たしてそれが日本の本当の活性化に繋がるかと疑問に思っているものです。そうした中で、私の地元でも13年前に地元の農産物の直売所、自分たちも立ち上げた一人なのですが、それが伸びているということが、安倍さんがおっしゃったお話に通じるのかなと思いました。貴重なお話をありがとうございました。


望月
 まだまだお聞きしたい事がいっぱいあるかと思いますが、だいぶ時間が迫ってきましたので、最後にパネラーの皆さんから一言ずつ、何か今日の言い足りなかったことや付け加えたいことがありましたらお願いいたします。


問題を解決する地域づくりへの参加

平田 私たちが住んでいる地域にはいろいろな人たちが住んでいます。“福祉”を特別な人への特別な手立てと受け止める人たちは、まだまだ多いと思います。

先般、西部のある地区の福祉懇談会に出向いた時に、自治会長からの指示があって参加したという40代の社宅に住む人に、会が始まると同時に意見を求めたところ、私は全く福祉には関係ないと答えました。しかし、約2時間の話し合いが終わったところで再び意見を求めると、この地域を一生懸命守っている先輩の方々の意見を聞いて、何か自分にもできることがあれば活動に参加すると話されました。丸山さんのような年代の方が、先配の方々が地域を守ってくれるということを学びあい、そういう機会から出番を作っていくことも必要だと思いました。

老々介護をしているご主人が、「私の元気なうちは家内を特別養護老人ホームに入れない。近所にも専門的な資格を持った人がいるから安心だ」というようなことも言っておられました。また、特別支援学校に通われているお子さんを持つお母さんが、「私の娘がこの地域にいるということを知っていただきたい」と話されました。こういうことを住民懇談会の中でお話された時、私たちはそれを語れる環境というものを作っていく。そして単なる啓発やイベントで終わる地域でなくて、問題をできる地域にして いかなければならないと感じています。


望月
 世代交代というお話でしたが、若い方たちが頑張ってもらえればということですね。


丸山
 僕の話を最後まで聞いていただいてありがとうございます。本日に関しては、カップリングパーティー事業をかいつまんでお話させていただきましたが、商工会青年部はまだまだ色んなことやっています。牧之原市では近年イメージキャラクターの「マキティー」っていうのも誕生して、いま活躍中です。他にも春から夏にかけてよさこい祭りだとか、草競馬、色々事業があります。ここ菊川市から牧之原市はすぐ近くですので、ぜひおいでいただいて牧之原市をもっともっと知っていただきたいと思います。私たち牧之原市商工会青年部員は、いろんな事業に必ず関わっておりますので、ぜひ僕を見つけていただき、声をかけていただければと思います。今日は本当にありがとうございました。


地域と共に、そして団体との連携がキーワード

阿部 これからのまちづくり、また商店街の活性化もキーワードは二つですね。「地域の皆様と共に」と、「団体との連携」です。この二つのキーワードがこれから絶対欠かせないのではないかと思います。もう大型店の時代ではないのです。大型店に行こうと思っても車が運転できなかったら行けません。全国的に大型店がつぶれていますし、出店も止まっています。昨年の「ゲゲゲの女房」だって、商店街をクローズアップされていました。やっぱり時代はそう流れています。商店街もコミュニケーションというか、そういう温かいところを日本人はまた探していると思います。これは日本の文化だと思っています。おじいちゃんが歩いていれば声を掛けられるとか、自殺者も少なくなっているのですね。そういう実例がある中で、やっぱりコミュニティと連携というのが大切になってくると思っています。

そんな中で、私どもは組織力を強くしていかなければいけないと思っています。その場合二つですね。若手の人材育成、隣の丸山さんのような若手の人材育成、これってモチベーション上がってきます。それからNPOとかまちづくり会社とかコミュニティ協議会とか、そういった方達と連携をしていかないと、商店街だけの組織だけではもうよくならないのですね。“まち”として捉えていかなければいけなということが大切になってくると思っております。

最後に商店街の問題点は、一昔前、大型店が出来たときは駐車場がないからお客さん来ないと言っていました。今は後継者問題です。農家さんと同じです。後継者問題が商店街の今の課題、問題です。でもこれからは後継者なんて言っていられないのです。買物弱者の問題になってきます。なぜそれが商店街の問題になるかというと、買物弱者の方で商店街に買物に行きたいといわれる方が60%以上います。ですが商店街が無くなってしまうという問題が起きます。買物に行きたくても、シャッター通りで商店街が無くなってしまうという問題が、一番のこれ問題になってくるという風に思います。

現在、全国で1万2千の商店街があります。そして、毎年200から300の商店街が無くなっています。そして、98%が衰退して2%しか頑張ってないのです。こういう事実がある中で、じゃあ誰がどうするかといえば、コミュニティと連携するしかもうないのです。そんな中で、若者と切磋琢磨して考えながら、長老たちにからは色んなアドバイスをいただきながら、 “自分たちの町はどうなっていくんだ”、“住み良いまちにしていかなくては”というところを、キチッと染み込ませながら活動していかなければいけないのかなと思っています。そのために私達がやっている一つ一つの事業ということになります。

最後になりましたが、佐久にお立ち寄りの際には遠慮無く声をかけていただき、またご説明させていただきますし、富士宮焼きそばに負けないようなB級グルメ「米粉のうどん」といううどん屋さんも開業する手はずになっております。今度はうどんすすりながらお話させていただけたらと思います。今日はご静聴ありがとうございました。


望月 親と身近な商店街は、無くなってみて始めてその大切さが分かるのですね。亡くなってから親孝行しようと思っても、無くなってから商店街を使おうと思っても無いのですね。ということで、ぜひ身近な商店街を皆さんが育てていただければと思います。


アミーゴは友達

二俣 若い二人の熱意ある発言の後に、年寄りの私が言うのは迫力の点で負けますけれども、少し最後の私の話を聞いてください。平川コミュニティ協議会のひとつの運動に「アミーゴは友達」というものがあります。平川地区に住む外国人は多く、経済的にも大切な一翼を担っています。また、地区住民の平均年齢よりもはるかに若く、ほとんどが現役世代と子どもたちです。従って先程からお話が出ている少子高齢化に対しては、うちは強いほうだと思っています。もし彼らと本当の意味で協力体制が出来れば、平川地区は将来に対しかなり明るいポテンシャルを持っているのだと思っています。現実に4月からは14の自治会のうちの一つ、ボタン通りと言う所では外国人の自治会長さんが初めて生まれました。これから明るい平川地区をつくるために、外国人を含めた地区民みんなで「面白がってまちづくり」に頑張って行きたいと思います。


地域の縁をたくさん作る

望月 パネラーの皆様には限られた時間の中でコンパクトにお話をしていただきまして、ありがとうございます。最後になりましたので、私から少しまとめさせてもらいます。「無縁社会」と重いテーマでしたが、実はそれは高齢者だけの問題ではなくて、若い世代にも当てはまるということです。それは考えてみると自分もいつかは高齢者になる、或いは自分の周りにも無縁な若者達がいるということだと思います。

そうしたことからは、普段からいざという時には助け合えるという人と人との繋がりを地域社会の中に構築しておかないと、大変なことになるのではないかと思います。今までお話を伺っている中で、個人情報とかプライバシーの問題という、基本的な事は守るとしても、婚活パーティーとか黄色いハンカチ運動なども、最初は少し拒否されるかもしれませんが、真剣に真心を持って接していけば、必ず通じてくるのではないかと思います。一声かけて断られたからもう終わりと諦めないでほしいと思います。そこで必要だと思うのは、お節介です。小さなお節介というものが、私は必要ではないかと思います。

昔からよく言われていることわざに「情けは人のためならず」というものがありますが、現在はどう解釈されているかご存知でしょうか。最近では「他人に情けをかければ甘えさせることなので、或いは個人情報保護が強調される時代だから、必要以上に声を掛けたらまずいよ、人のためにならないよ」と言われるようになりました。特に若い人たちはかなりこういう解釈の仕方が多いと聞きます。でも昔の人が言いたかった事はその逆なのです。「同情や慈悲の心をもって人に接し、その通りに実行すれば巡り巡って自分にも良い事が起きる」という意味です。私は他人への小さなお節介、それが必要な時代になって来ているのではないか。地域の小さなお節介は人の為になり、他人への情けは結局自分のためでもあると解釈して、色んな活動に取り組めば、何があっても恐れることはないし、みんなで頑張って取り組めるのではないかと思います。地域の縁をたくさん作っていただければと思います。

本日の事例などを参考にして、ぜひ来年コミュニティ・フォーラムに参加された時には、初倉地区のようにこんなことをやった、などと報告していただければと思います。そして、会場の皆さん全員が、地域の縁づくりの神様になっていただくことを願って、終了といたします。本日は大変ありがとうございました。